夢を魅せるために、「さようなら」。ーー光と雨
夢は見るものではなく見せる(魅せる)もの
天堂真矢/『少女☆歌劇 レビュースタァライト』第二話 「運命の舞台」より
カッコよくて、いつまでも心に残るこのセリフが好きだ。
これは演者としての誇りと気概を示した言葉であって、ほぼ十年ほど舞台に立っていない私ではあるけれども、響くものは響く。
「夢を叶える」。それはなんという甘美なる概念なのか。
これは如何なる領域でもそうだとは思うが、誰もが「現実的にアレだけど、わがまま言っていいのであれば◯◯をやりたい」という考えが多少あるのではないのだろうか。その「◯◯」のカタチがまだハッキリしていない時さえ、漠然と「このままこうできればいいなぁ」みたいな考え方とか。
その中でも、「他人に夢を与えることが夢」の人間もいる。自覚があったりなかったり、しかし間違いなくその立場にいる人たちの輝きに、私たち日頃から常に魅せられ、それに癒されていることも少なくはないのだろう。
「光と雨」の主人公は、そのスポットライトの元へ往くサダメだ。
暗闇で一筋光が刺す
幼い頃から憧れた場所
showtime...幕が上がれば夢が叶う
少し震えていた
幕が上がれば夢が叶う。その瞬間が訪れるまでの時間-プロローグ-は主人公-私-だけのものだとしたら、それを誰と共有できるのだろうか。
興奮と緊張、恐怖と未知。ここまでの道のりが走馬灯のように蘇る、舞台裏の暗闇の中のリプリーズ。
あなたの知らない 私になるから
側にいて欲しいだなんて
言えたはずないじゃない
夢は魅せるもの。次の瞬間に、自分はスタァになる。だからーー
躍らせて 躍らせてよ
全てを忘れさせて
この場所で 燃え尽きられたらいいの
光に抱かれたままで
ワードチョイスといい、なぞる感情といい、「光と雨」のセッティングは舞台を示す。夢を叶える=その舞台の上に舞い踊るこそが私の役目。
演者としての責務を全うのが今の全て。夢を叶う今が全て。人に夢を魅せるのが今の全て。
夢を魅せることは、スポットライトとともに人々の視線を己に集め、己が表現する姿で人々の感情を一時だけ「望んだまま」に操り、その人々たちを一時だけ現実から掻っさらい、自分の世界に引き込み、つまり一種の精神操作ということであって、それを前提とする。なら、その精神操作をしている間に一番やってはいけないことはなんだろうか?
そう、素の自分を見せること/破綻することだ。
舞台に上がったら、目の前の全ての人が標的だ。知っている人も、知らない人も、全部全部平等にし、全員を虜にする。
誰にも素の自分を見せてはいけないから、誰にも知らない私になるんだ。そこにどんなに親近な存在がいても、知らないフリをする。不安も恐怖も、全部自分だけのものにしなければいけない。
されどこれは夢を叶えるため、そして夢を魅せるため。だから光の中で躍らせてーー何もかも忘れさせて。
人の視線ばかりを気にすれば
誰もが孤独で小さなもの
夢って叶えてもその先があった
終わりなど来ないの
それでもあなたを探しそうになる
写真の中の笑顔さえ
色褪せて行くのに
私は夢を見る演者、舞台を戦場とするもの。
夢を見続けて、夢を魅せ続ける演者は、いつまでも演者のままでいることで、人々を喜ばせる。だからあなたの知らない私になる。なったのだ。
でも私はまだ、あなたのことを知っている。
感情を持ち、感情で動くのが人間。どんなに感情を割り切れても、それを完璧に行うことはおそらく不可能であろう。
特に感情を伝播し、感情で観客を動かす演者になると、感情を完全に捨てるべきではないと考えている。そういう前提だと、舞台の上にいて演者として振る舞っていても、割り切れないものもあったのだろう。
だけど私は、スタァなんだ。
この空が 泣いてくれる
私の代わりに今
大丈夫 もしまた逢えたとしても
私はこの道を選ぶ
夢を魅せる、スタァだから。
スタァだから、見せてはいけないものがある。
夢を叶えるために、私はたくさんのものを捨てた。
言ってはいけないアドリブ、
見せてはいけない表情、
止まってはいけない道。
たくさんのものと「さようなら」にした。
これがここまでの道のりであって、でも夢はまだまだ続く。終わりなど来ないし、幼い頃から憧れていた場所だから。
私は、スタァ。だけどあの頃の私もここにいる。
夢を魅せることを夢にした者は、まだここにいる。
その夢が終わらない限り、私はーー
さようならを この想いを
全てをドレスにして
躍らせて 燃え尽きるまで踊るの
光に抱かれたまま
この空が 泣いてくれる
私の代わりに今
大丈夫 もしまた逢えたとしても
私はこの道を選ぶ
「光と雨」。今だから響くものがある。
夢を叶えるために、捨てるものもたくさんあることに最近は気付き始めている。
それに悩まされ、迷うこともあって。それでも、夢を見る自分だけは捨てたくない。
夢を叶えることの甘美と、その裏にある代償。だからこの曲はどこまでもコーヒーに近い味していて、ブルーズの香りをかすかに纏ったシティポップにて、表の「光」と、裏の「雨」を表現し、心を締め付けてくれる。
表舞台に立っていなくても、裏側としても魅せることも表現の仕方であって、それも夢を魅せる一つの方法だと私は思う。
この道を選び、これまでの道のりを証明したい。
【FINE】